編集後記の後記−読者のひろば
<2000/01/28> 第53号の編集後記について−C12と凸形EF13

 鉄道ウィークリー第53号(2000年1月14日号)の編集後記で、

    みんなすっかり忘れている>「平成12年」にちなんで一人くらいはクモハ12の写真年賀状を送ってくると思ったのに・・・。(来年は凸型EF13の写真を希望/和)

と書きましたが、これについて読者の方から画像添付のメールをいただきました。


 クモハ12ではありませんがC12 200で年始のご挨拶をさせていただきます。
 1960年11月5日、甲府機関区構内で撮影しました。

森 俊彦


 EF13といえば私の子供時代(昭和20年代前半)の最新式電気機関車で、何時も国鉄品鶴線の線路脇の土手で近所の友達と眺めた貨物列車を思い出します。
 普通はD51かD52なのですが、EF13がくると歓声を上げて大喜びしたものです。子供の私達にとって実に格好良い機関車でありました。
 真っ直ぐに伸びた線路の遠くに憧れて、線路をずっと歩いて行って、夜になってやっと帰宅し、母親からこっぴどく叱られたのも懐かしい思い出です。
 写真は新鶴見の操車場で汐留に向かう急行便のワキの列を牽引する勇姿です。おもえば、この頃が華の時代だったのでしょう。その後、EF15やEH10にその座を追われて行きました。撮影は1953年9月のことです。

むーさん(http://www01.u-page.so-net.ne.jp/qc4/mcd-mu3/


 貴重なお写真をお送りいただきありがとうございました。第53号の編集後記は、実を言いますと昨今のミレニアムブームをちょっと皮肉ったつもりで書いたものでして(笑)、クモハ12の写真年賀状が届かなかったのを本気で残念がっていたわけではなかったのです。そんなわけで、まさかこのような貴重な写真を拝見する機会に恵まれるとは夢にも思いませんでした。

 私自身は、C12や凸形EF13の現役時代はもちろんのこと、真岡や大井川の保存機もまだ見たことがありません。せいぜいC12の手前の線路にあるアッシュピッドを上越線の石打駅で見たことがあるくらいでしょうか。もちろん私が石打駅で見たアッシュピッドはすでに使われなくなって久しいもので、雑草が生えていましたが。
 また、私にとって凸形の電機といいますとローカル私鉄のイメージがあり、EF13もてっきりローカル線用の機関車だと今まで思いこんでいたのですが、急行便の貨物列車を牽引していたとは今回初めて知りました。確かにワキの側面には急行便の証である帯が入っていますね。

 戦後の復興から高度経済成長へ移りゆく時代を走り抜けたEF13、60年安保の騒然とした時代にひっそりと佇むC12。この2枚の写真を見ていると、私が経験しなかった時代の一面をかいま見ることができるような気がします。(和)