| ひろやす/伊藤(vnnc8158) 2026-04-06 22:32:15 |
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『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 『駅名来歴事典』の、補遺 について、石野哲さんから連絡をいただき、対応致しましたのでここにお知らせします。 鉄道フォーラム・マネジャー 伊藤 博康 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』読者の方から、五日市線病院前停留場(現武蔵引田)の開業日について、ご指摘がありました。 編集委員各位に相談したところ、その通りでしたので、下記の通り追記しました。 「S05(1930)0404開業認可」とあるは、「T15(1926)1001開業」が正当。 「S05(1930)0404認可」としたのは、鉄道省文書の別の停車場の記載でした。 「病院前」関連の鉄道省文書(五日市鉄道から鉄道省監督局への申請)は、 @病院前設置認可申請(新設時の駅間営業哩程 西秋留0.8哩、武蔵増戸0.8哩)大正15.04.17付、 A申請時の駅名「病院裏」(ビヨウヰンウラ)を「病院前」(ビヨウヰンマヘ)へ変更する申請同年05.01付、 B開業日が記載された鉄道省文書自体は無し の3点でした。 『公認汽車汽船旅行案内(通称「三本松の時刻表」)』大正16年1月号(大正15.12.24の翌日改元され、昭和01.12.25となったが、この前に印刷・発行された時刻表=1927年1月号。新人物往来社1998年刊復刻版)p152の五日市鉄道(大正十五年十月一日改正)の欄に、「病院前」が掲載されています(哩程が「…」なので、正式な駅ではなかったことがわかります)。 ※添付画像をご参照下さい。 正式な駅でないので、『鉄道停車場一覧 昭和2年5月15日現在』(鉄道省編纂)に掲載されていなくて正当です。 ※添付画像をご参照下さい。 現状、武蔵引田駅北側至近に、公立阿伎留(あきる)医療センター(東京都あきる野市引田78番地1。あきる野市・日の出町・檜原村で構成する阿伎留病院企業団が運営)があります。 Wikipediaによれば、この医療センターの前身は、「西秋留(にしあきる)村外四ケ町村病院組合が、1925(大正14).04.10、西秋留村引田に21床の単独伝染病院を開院」です。開院1年半後に、駅ができたのでした。 なお、1955(昭和30).04.01西秋留村+東秋留村+多西村=秋多町(あきたまち)。 1972(昭和47).05.05秋多町が市制施行し秋多市、即日秋川市(あきがわし)と改名。 1995(平成07).09.01五日市町+秋川市=あきる野市(あきるのし)。 *** 石野 哲 |
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