| ひろやす/伊藤(vnnc8158) 2025-10-22 01:47:52 | 
| 株式会社エリエイ http://www.eriei.co.jp タイトル: THE rail No.136 発 行 日: 令和7/2025年10月21日 定 価: 本体3,800円+税 発 行: 株式会社エリエイ/プレス・アイゼンバーン U R L: http://www.etrain.jp/ e.mailでの問い合わせ先アドレスは info@eriei.co.jp 図書符号: ISBN978-4-87112-136-1 C1065 \3800E スタッフ 企画・編集 前里 孝 発 行 平井憲太郎 写 真 補 正 脇 雅恵・秋山瑛美 デ ザ イ ン 前里規子 写真スキャニング 株式会社日報 印刷・製本 昭栄印刷株式会社 THE レイル No.136 もくじ 父の写真箱から 文:高橋卓郎/写真:高橋志郎…………… 4 焼津のドコービルと,小泉八雲一家 堀内ぶりる……………24 堀内さんの新発見に謝意を表しつつ “YAIDZU”の焼津時代を考察する 宮田寛之……………26 東海道 戦時の迂回橋梁 幻のティンバートレッスル 西 和之……………32 留萌駅の変遷 −構内配線と列車運用− 豊岡 潔……………44 from K.Nishio rail photo extra NANKAI TETUDO 於 YAMATOGAWA 1938 西尾克三郎さんが撮影された南海鉄道大和川検車区 工藤寛之……………56 阪堺電車 青春の想い出 文と写真:林 嶢……………66 台湾 斗南の378 南国の軽便蒸機,その出会いと長年の想い 桟敷正一朗 協力:小宮和貴/王翔(台湾) 形式図諸元表 所蔵・提供:王翔……………78 1977年3月10日 中華民国台湾省 虎尾 カメラ:青柳 明・桟敷正一朗・前里 孝……………88 ヤードマン……………………………………………………………………………98 ヤードマン 9月26日に今年度の島秀雄記念優秀著作賞が鉄道友の会から発表されました. その定期刊行物部門作品として,宮田寛之さん著の“ドコービル系機関車と,東洋活性白土1号機”が特別部門として高橋卓郎さん著の“1号機(活白ドコー)動態保存の記録”および羅須地人鉄道協会による同機関車の復元が受賞しました. ともに今年1月に刊行のレイルNo.129に掲載した作品です.関連した作品とはいえ,1冊の刊行物で2作品受賞という栄誉です. また,“保存された鉄道院403(西武鉄道4号)機関車の保存および同機関車の保存について”(レイルNo.125掲載)に続いて2年連続の受賞となりました. 詳細については近いうちにご報告できると思います. ■前回にも増して,たくさんの珠玉の稿をお目に掛けることができました. ■最初は,高橋卓郎さんのお父様が撮影された昭和20年代から30年代に掛けての各地の鉄道情景です.“鉄道の趣味があったわけではない”とのことですが,実際には鉄道への愛がにじみ出た作品ばかりです.解説の多くは高橋卓郎さん自身によるものです.皆さんのお手元にも写真帳が眠っていませんか? ■併せて掲載した協三工業のメーカー写真群は,一癖も二癖もある狭軌の機関車を中心にピックアップしてみました.その正体解明には,みなさんのお手助けが必要かもしれません.機会を見て,続きもお目にかけたいと思っています.ご期待ください. ■堀内ぶりるさんが,小泉八雲研究の途上で発見されたドコービルの写真は,これまで命名の由来が謎とされていた“真のドコービル”のうちの1輛,それもフランスから到着した当時の姿でした. ■宮田寛之さんはその写真から,フランスから到着して間もない頃の姿から日本での量産(?)に至るプロセスなど,楠木製作所で作成された組立図や新発見の写真などを交えて考察を進めてくださいました. ■ついに,鉄道のない町となってしまった留萌.鉄道敷設の経緯から,特異な線路配置となっていた駅構内配線の謎を解明された豊岡 潔さんは,国鉄客車の公式写真連載に際して,藤田吾郎さんとともに解説のお手伝いをいただいた方です.今後も,さまざまなテーマの趣味的歴史探究を披露してくださるのではないかと思います.ご期待ください. ■今年4月刊行のNo.134は,全編が阪堺電車で埋め尽くされましたが,まだ足りないとばかりに,工藤寛之さんが西尾克三郎さん撮影写真の考証を中心として,昭和13/1938年の阪堺電車の状況を解説してくださいました. ■併せて,“蒸機の時代”編集統括の林曉さんが寄せてくださった,昭和30年代後半の阪堺電車の様子も,得難い記録といえましょう. ■かつて台湾には製糖会社が経営する鉄道が網の目のように敷かれていました.その一つ,虎尾の路線はNo.135で遺跡としてのトラス桁と現況を見ていただきましたが,今回は蒸機が健在だった1977年の様子をグラフ構成で掲載するとともに,その折に発見した謎の機関車が台湾製だったというレポートを,形式図とともにお届けしています.国営鉄道博物館に保存された台湾製機関車のうちの1輛の鮮明な写真も掲載することができました. ■最後に悲しいお知らせです.9月1日に白土貞夫さんが亡くなられました.91歳でした.千葉県の鉄道の歴史記録の第一人者であるとともに,蒐集された絵葉書は数知れず……レイルでもたくさん披露してくださいましたが,全容は把握しきれなさそうです.編集子が白土さんのお名前を知ったのは,中学生の頃,鉄道ピクトリアル誌の昭和43/1968年6月号に掲載された“帝釈人車軌道”の筆者として,でした.のちに初めてお目に掛かった折,そのことをお話したら,“あれが人車軌道を紹介した最初だったんです”“地味な記事をよく覚えてくれてましたね”と喜んでくださったことが忘れられません.心からお悔やみ申しあげます. | |
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