| ほりうち(ccbu8181) 2014-01-14 18:44:54 |
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別紙:阪神甲子園球場の歴史
年 月 日 事柄 1923(大正12)11.28 枝川運動場の名称の下に球場建設を決定 1924(大正13) 3.11 起工 8. 1 竣工。「甲子園大運動場」と命名 球場開きを記念し、阪神沿線150の小学校から2500人が集まり、 陸上競技大会が行われた。 8.13 「第10回全国中等学校優勝野球大会」(夏の大会)開催 12. 外壁につた植栽 1925(大正14) 3.31 「第2回全国選抜中等学校野球大会」(春の大会)開催 外壁右翼にスコアボード完成[初代] 1927(昭和 2) 8.13 第13回夏の大会で日本初のスポーツ実況中継(ラジオ) 1928(昭和 3)12. グラウンドに芝生張付け開始 1929(昭和 4) 7.20 アルプススタンド建設 50段の座席を有する鉄筋コンクリート造りとする。 1931(昭和 6) 7.18 アルプススタンドに鉄傘建設。(内野スタンドにしかなかった鉄傘がアルプススタンドまで延び、 外野を除く全スタンドが屋根で覆われた) 1932(昭和 7)10. 1 1塁側アルプススタンド下に室内体育館、3塁側アルプススタンド下に長さ25mの 室内プールが完成。(現在は両方とも室内練習場になっている) 1934(昭和 9) 3. 外野中央に新スコアボード完成[2代目] 8.11 野球塔建設 11.24 ベーブ・ルースらのアメリカ選抜チームが全日本と対戦(〜11.25) 1935(昭和10)12.10 (株)大阪野球倶楽部設立 1958年:(株) 大阪タイガース、 1961年:(株) 阪神タイガースに商号変更 1936(昭和11) 4.19 大阪タイガース結成記念試合が行われる。 4.29 第1回日本職業野球リーグ戦(プロ野球)が開幕 (タイガース、セネタース、金鯱軍、名古屋軍、阪急軍、大東京軍) 11.11 外野スタンド改装 1938(昭和13) 1. 9 「全日本スキージャンプ甲子園」大会開催 1939(昭和14) 2. 4 「戦車大展覧会」開催 8.26 六代目尾上菊五郎一座による「野外歌舞伎」開催 1941(昭和16) 戦況の悪化にともない夏の大会が地区予選中に中止 1942(昭和17) 春の大会中止 1943(昭和18) 8. 6 内野スタンドとアルプススタンドを覆う大鉄傘が金属供出のため取り外される。 1945(昭和20) 8. 6 焼夷弾攻撃により、グラウンドに無数の飛弾が突き刺さる。 10. 3 米軍による球場接収 1947(昭和22) 1.10 グラウンドとスタンドの接収解除 3.30 春の大会復活 4.13 第1回甲子園ボウル開催 5.26 ラッキーゾーン登場 8.13 夏の大会も復活 1951(昭和26) 7. 4 初のプロ野球オールスターゲーム開催 8.12 内野スタンドにジュラルミン製の銀傘復活 1953(昭和28) 8.13 第35回夏の大会で甲子園大会の熱戦が初めてテレビ中継される。 1954(昭和29) 3.31 全面的に接収解除 1956(昭和31) 4.25 ナイター設備完成 5.12 初ナイター試合(阪神―巨人戦) 1958(昭和33) 4. 1 選抜高校野球塔建立 1964(昭和39) 2.14 球場の正式名を「甲子園球場」から「阪神甲子園球場」に変更。 1978(昭和53) 3. 3塁側アルプススタンド下、室内プール跡に室内練習場を新設 1982(昭和57) 3. 銀傘ふきかえ(アルミ合金) 1984(昭和59) 3. 電光式スコアボード完成[3代目] 1992(平成 4) 3. 45年間親しまれてきた「ラッキーゾーン」を撤去、それに伴いブルペンを移設 1993(平成 5) 3. スコアボードをカラー化。選手名、得点は伝統の白色を継承。 1994(平成 6) 2.19 初めてのサッカーイベント、Jリーグプレシーズンマッチ開催(ガンバ大阪vsヴェルディ川崎) 1995(平成 7) 1.17 阪神・淡路大震災 (甲子園球場は一部が壊れたが、応急処置で復旧できるものだった。) 2004(平成16) 3. 阪神タイガース新室内練習場完成 2007(平成19)10. 全面的なリニューアル工事着工 2008(平成20) 3.11 第�T期工事完成 内野エリアのリニューアル工事完成 2009(平成21) 3.12 第�U期工事完成 アルプス・外野エリアのリニューアル 銀傘の架け替えと照明塔の新設 2010(平成22) 3.12 リニューアル工事完了 3.14 外野スタンド下に「甲子園歴史館」開業 2011(平成23) 2.28 スコアボードをLED化 2014(平成26) 8. 1 開場90周年 「甲子園」の名前の由来 完成した1924年(大正13年)の十干と十二支が、ともに先頭の「甲(きのえ)」と「子(ね)」であったことから、「60年に一度の縁起のいい年」として名付けられました。 |
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